Shun Daichi
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8 なんでも作りだす想像力の魔術
 
 あなたの心には、絵または型やプラン(計画案)などを作る能力があります。大生命力は、そういう絵や型やプランに応じて、あなたの内に流れ込むのです。心のなかにイメージを作る能力を想像力といいます。だれしも想像力を持ち、それを使って、望むこと、または望まないことを計画します。
 考えた末に、これをしようと定めた心の絵は、あなたが大生命力に送り込む計画案です。こういうプランは、信念が方向を与え統御します。信念は心のなかの確信です。それは、あなたにとり真であると確信するもの、あなたの身のうえに起こると確信するものです。意識的に、または無意識的に真であると信じる、起こるだろうと信じるものが、心の中に作る絵やプランを決定します。大生命力はそれらの絵やプランに始動されて行動をはじめます。想像力は、あなたの心のなかの計画を作る部門です。
 
あなた自身のために計画を立てなさい
 
 もし、あなたが望む体験に、大生命力を流れこませたければ、まず計画を立て、その計画にしっかりしがみついている必要があります。その計画やり絵は、生き生きとし、純粋で、明瞭であることが必要です。その計画や絵に、ゆるぎなき信念を持って、しがみついていると、それはいつか形をなして、必ず現れてきます。しかし、望むものの絵を作っても、望みのものを持っていないとか、自分がなりたいと思うものになっていない絵や型を、最初の絵の上にかぶせてしまうと、あなたの欲するものの実現は失敗に終わります。
 キリストが「持つと信じなさい。そうすれば、あなたは受け取るだろう」と言ったのは、望むものの鮮明なイメージを心のなかにつくって、現に持っていると感じなさい、という意味であったと信じます。私たちが内心の確信を維持するとき、大生命力の創造をつかさどる心は、その欲求の達成に必要なあらゆる仕事にとりかかります。想像力をとおして、私たちの欲求は満たされるのです。
 あなたが成功者であると想像するとき、成功者であると感じるとき、疑いなく成功できます。なぜなら、大生命力は自動的に、あなたをその方向へ動かすからです。あなたが健康だという信念と感じを持って生きるとき、地上のいかなる力も、あなたが健康に生きることを妨ぐことはできません。大生命力の心は、あなたが持つと信じるもの、在ると信じるものを、あなたにもってくる通路を開放しているのです。
 意識的にイメージを作るのは、創造する想像力です。鮮明な心の絵を持続的に持っていると、あなたの持つあらゆる力は、自動的に完成や目的の達成に向けられ、あなた自身がそうなるのをみずから見るようになります。
想像の才能は、他の自然の才能と同じく、方向づけができます。それを抑制するとか、表現を封じるとかはできません。私たちが欲求する体験へ向けることができ、また向けるべきです。忘れてはいけません。想像力はなんでも作りだす才能であり、強い力です。私たちは自動的に想像するものの方向へ動いていきます。だからなにを自身のため、他人のために想像するかに注意しなければなりません。
 あなたがおおぜいの人の集会で演説すると仮定しましょう。もし、準備不足で、口ごもったり、どもったりして、恥さらしになると想像すれば、その演説はたいてい失敗に終わります。
 「こんなにおおぜいの人が私を見ているんでは、しゃべれない! 私の着物は、ちゃんとしているかしら?」 などとひとりごとを言う。そんなとき、あなたはすさまじい神経的な恐怖を作りあげているのです。想像力で、まちがった絵を創造し、ひどく誤ったプランを持ったのです。そうなると、一生懸命な自分を励まし、力こぶを入れて、
 「なんとでもして、この演説をやっつける!」
とがんばってみても、それはほとんど無益です。おそらく失敗するでしょう。心のなかの争闘のゆえに、病気になることすらあります。
 しかし、つぎのように思ったと仮定しましょう・・・
 「だれでも立って、ひとりの人に話せる人は、立って一〇〇人または一〇〇〇人にも話せるはずだ。ここにいる人たちは私に好意がある。そうでなければ聞きに来るわけがない。彼らは私の語ることに興味を持っている。私に興味があるのではなくとも、この問題について私が詳しいと信じている。私はよく準備している。深く考えぬいているし、もちろん、ここに集まっただれよりもくわしい。私の言うことは参考になるだろう。みなの役に立つために来たのだ。この問題について、はっきりしゃべって、私が持つと同じくらいの知識を聴衆にも持ってもらおう」
 もしも想像力がそんなふうに使われたとすれば、心配や恐怖に乱されることなく、落ちついて、いい講演をなさるでしょう。あざやかな積極的な絵を想像のなかに築きあげられたのです。
 人まえでたちまち赤面したり、あるいは、ほんの小さなことで、かっとなって、泣きだしたりすることを、なんとかしてやめたいと努力する婦人についても、同じことがいえます。恥ずかしいとか、損だとか、当惑するなどの感じが、その人の心のなかに、あざやかな絵となっていると、どんなに一生懸命に努めても、赤面や泣き出すのがやまないのです。
 フランスの有名な精神治療医クーエは・・・
 「毎日あらゆる点で、私はよりよく、よりよく、なっていきます」
と自分に言いきかせるよう教えました。何べんも何べんも、くりかえし自分にそのように言うと、想像力がそれを取りあげるのです。そして、あなたは自動的に、よりよく、そのうえにもますます、よりよく、健康になるのです。
 クーエは想像力について、もう一つすばらしい説明をしました。
 「幅三〇センチぐらいの長い平板を地上に置くと、たいていの人ならどんなに長い距離でも、平気でその上を歩いて渡れる。しかし、この平板を街路を隔てた二つのビルの一〇階の高さに置くと、話は違ってくる。この高さで歩こうという勇敢な人は、ほとんどない。想像力は、落ちる絵を作るのだ。こんな高さだと、人は目まいをおこす。思っただけでも、バランスを失う。まえと同じ平板で、同じ幅だが、三〇メートルも高いところでは、強い想像力に制圧される」
 
 あなたは、心のなかの絵やプランを作る部門である想像力を、創造的活動のすべてに使えます。たとえば古い習慣を捨てるとか、なにか新しいことを学ぼうとするなど、この想像力を使えば、いともたやすいのです。
 タバコを辞めようと思った知人がいます。彼は、辞めることも喫煙を続けることも、どっちでもできるとよく言っていました。それではタバコを真に辞めたことにはなりません。ところが、ある日、彼はこの習慣を辞めることによって得られる利益を、心に描きました。タバコをのまないと、生涯がどんなふうによくなるかを心の絵にしました。健康がよくなること、お金が節約できることを、描きました。この絵が彼の想像力のなかで、しっかりと固まると、彼の生活のあらゆる面が、この新しい絵にしたがって実現するようになりました。そして自動的に古い習慣をやめました。彼の言葉によると、タバコを吸う意欲がなくなってしまったとのことでした。
 
 強いるな・・・おだやかに想像だけなさい
 
 昔の人は、意思の力を尊いものとして崇拝しました。だれでも意志力を養おうとしました。意志力が、大生命力から獲得したいと思うものと関連があると信じました。ときには意志力が欠けていると信じて、気を落とす人もいました。近代科学は、意思についてのそのような考え方に別れを告げています。実のところ「意志力」は存在しないことに、ほとんどが一致しています。われわれが意志力として考えたものは、したくないことを強いてするよう強要した・・・つまり感情的な欲求に反するなにかです。想像力が、いまは創造する能力であると見られています。
 なんの騒ぎもなしに、ものごとをうまく進めてゆく人をよく見ます。自分を追いまくらなくても、なにもかも順調にいくように見えます。大部分の時間は忙しそうにしていますが、とくに努力をしているようにも見えません。これは、「していることが、したいことと一つ」だからです。自分に強いていませんし、忙しすぎて、情けないとも思っていません。それは想像力を使って、行動の結果に善いものを見、よい結果を期待して活動しているからです。彼らの想像が努力を方向づけるので、したいと思うことと、なすべきだと思うことの間になんの矛盾もないのです。
 私たちはまた、いつも人を押しのけ、急ぎ、争い、何かを欲し、あれを欲する・・・という人も知っています。朝は寝床から自分を押し出し、一日じゅう自分自身を押しまくり、心にはなにかの思いを押し付け、体には行動を押し付けるのです。そして晩がくると・・・
 「今日は仕事がうまくいかなかった。いろいろなところへ行って、押したり突いたり努力した。自分をせき立て、むち打って疲れたが、ほとんどムダなことだった」
 こういう人は、ばくだいなエネルギーを使い果たし、からだを八つ裂きにするのと同じです。彼は想像力を使って、やさしい、楽な、気持よい道におのれを向けなかったのです。あるいは彼の努力から入手できる価値を、はっきりと想像しなかったのです。
 あなたは想像力を使って、欲求を満たすように生きるべきです。そうすれば、仕事に熱がはいり、エネルギーをほとんど使わずに前進できます。そうすれば、その日の仕事を終わって家路へつくと、外套や帽子をとるのに自分を強いることもなく、一歩一歩を引きずって、おのれを強いてガレージへ歩き、車を出して家へ帰るというような無理じいも必要なくなるでしょう。
もし、あなたが家庭のあらゆる楽しみに包まれている自分を熱心に想像し、そのまま放ったらかしにしておくと、その愉快な体験に必要なあらゆることが、無意識のうちに実現するでしょう。潜在意識(精神のなかの敏感な、創造を行なう部分)は、あなたが結果を想像するとき、熱心さに燃えるとき、万事を引き受けて行なってくれるのです。
 
 あなたの欲しないもののメンタルイメージを作るな
 
 不幸にも多くの人は、病気や失敗や不幸に陥っているおのれを想像するのです。そして多くの人は、病気や心配や苦難に熱を入れ、不幸や失敗が常態だと信じています。おのれの苦難を描写することに熱心だと、その苦難をますますかたく自分に結びつけることになります。心配や損失や病気や失敗などに入れる熱心さと同じくらいの熱を、健康や成功や望みの達成に注げば、だれでもそれまでとはまったく違った体験を得るのです。
 アメリカ最大の銀行の一つである銀行の頭取になった若い男を私は知っています。特別の引きも背景もない男ですが、銀行の普通の行員から頭取の地位にまで、どうしてそんな短期間に昇りえたのか、だれもが不思議に思いました。実のところ彼は、銀行に雇われた瞬間に自分を頭取だと想像したのです。窓口でお客に接するとき、銀行の頭取として仕事をする自分を想像したのでした。日々のどんな仕事をするにつけても、頭取がその仕事をしていると想像しました。頭取の椅子に、いつも目をつけ、そして、結局、非常に早く、ほんとうにその椅子を占めたのです。ひとを押しのけたり、自分の偉さを吹きまくったりするような攻勢的態度などは、みじんもありませんでした。彼自身をその地位に向くように、創造的な想像力を積極的に使っただけでした。高い地位にいる自分を想像したことから、大生命力の偉力が彼をとおして、この新しい体験に流れ込んだのです。年寄りの頭取が引退したので、そのあとがまに、この若い男が選ばれたのでした。
 この若い男が、こう言ったと仮定します・・・
 「さあ私は、この大きな銀行にはまり込んだ。まわりの何百人という従業員は、私よりもずっと長くこの建物にいる。多くは私よりも優れた素養をもち、よく用意ができている。私以上に訓練され、いい引きもある。私が昇進の機会をつかむには何年もかかる。ほかの人たちは、いっぱい好運を持っている。私は、いつも不運だ!」
 もし彼がそんな敗北の絵を心に抱いたとしたら、もし彼がそんな絵を、創造する想像力によって作っていたら、たしかに頭取になるような大きな体験は味わえなかったでしょう。
 世界最大の金持の一人である自動車王のH・フォードは・・・
 「あなたが持てると想像できるすべてを、あなたは持つことができる」
と言いました。キリストは:
 「手に入れたと信じなさい。そうすれば、あなたは、それを持つだろう」
と言いました。
 あなたは想像力に活性を与えて、よい目的に使わなければなりません。あなたの欲求するものを、すでに持っているという自覚のもとに生活しなさい。それを、いま、あなたのものとして想像しなさい。成功、健康、幸福など、なんでも持っているという実感を作りあげなさい。そうすれば地上のどんな力もその欲求が満たされるのを妨げることはできません。それは、あなたの処へひかれて来るでしょう。あなたはそれのある処へひかれてゆくでしょう。
 
 善にも悪にも想像力は使える
 
 あなたは想像力を使って、自身を下げることも、高めることもできます。もし、想像力が、恐怖や心配や怒り(否定的な信念)に導かれているなら、あなたが望むことから、確実に自分自身を遠ざけます。もし善いものを、望みどおりに体験できていないなら、あなたは新しい思考を確立し、あらゆる善いことが、自分に属する(ほんとうに、そうなのですから)という、ゆるがぬ信念をとおして想像力を調整できます。もし、この信念をかたく保持すれば、すべての善きものをあなたから遠ざけることはできません。
 私は、家を一歩も出ようとしない婦人を知っています。彼女は町へはもちろん、庭へも出ません。屋根の下をはなれることを思うと、その瞬間にあらゆる恐ろしいことが見舞うと想像するのです。家を一歩出ると、たちまちからだの力が抜けて、めまいがします。これは広場恐怖症といって野天の下などを恐れる病気です。想像力を統御できず、逆に想像力が彼女を統御しているのです。私はまた閉所恐怖症の人びとも知っています。恐怖がこれらの人々の想像力を導くのに任せた結果です。
 若いころ事業に共同出資した二人の男を知っています。事業は失敗に終わりました。一人の男は、その体験のために打ちひしがれ、みずからを敗北者と想像し、世間も彼を敗北者と見ていると信じました。その体験から立ち上がれなかった彼は、一生敗北者で終わりました。損失と失敗と世間の人が彼を敗北者と見ていると信じることに執着し、意気地がなくなり、自分で生命を縮めました。否定的な考えから、最も恐れたことを実現したのです。彼の仲間のもう一人は、同じようにお金をすっかりなくしましたが、心はなくさず、野心や自信もなくしませんでした。
 「私の事業は失敗した。だが、私は失敗者ではない。過去の経験を有効に使って、もういちど立ちあがろう。この失敗から教訓を学びとろう。運命を再建しよう」と言い、そして、実行しました!
彼はおのれを成功者として見、それで成功者になりました。りっぱな事業を築きあげ、多くの善いことをしました。多くの人を助け、りっぱな男となり、世界を住みよい処にしたのでした。
 これら二人は、最初に同じ体験を持ちましたが、別々の方法で体験に反応したのです。一人は想像力を完敗のために使いました。もう一人は想像力を成功するために使い、その成功とともに、人類への偉大な恩人となりました。
 私たちは気づくにしろ、気づかぬにしろ、つねに想像の威力を使っています。それを使わずにはいられないのです。選択と決意の力をとおして、その力をどう使うかを決めることができます。信念を、私たちの最大の善のために、肯定的に使えます。または否定的に使い、病気や失敗を招くこともできます。
 基本的な情緒である愛も憎しみに変えることができます。あるいはまちがったものを愛して、苦難に首を突っこむこともできます。しかし正しく使えば、愛は最大の恵みの一つです。
 大生命力の自覚あるポイントとして、私たちは選択の力を持っています。さきに述べた二人の男は、双方とも同じ大生命力に囲まれていました。彼らの最初の体験は同じでした。一人はおのれのために善を受けいれ、他はそれを拒否したのでした。
 
 創造する想像力は白日夢ではない
 
 白日夢を見る空想家は、ほんとうに遂行したいことの計画などは立てません。立ててもそれを実行しません。心の絵のなかに、彼自身を置かず、見物席にまわるのです。つまり・・・
 「私は夢想にふけるだけで満足だ。夢が楽しい。私からだれも夢を奪えない」
と言います。夢を行ないで裏づけない人は、望む善が彼のものであることを信じていませんから、望むものを獲得できないのです。
 望む善が手に入ることを信念に持てば・・・その善のなかにいる自分を想像すれば・・・想像のなかで、それを持つことを信じるならば・・・至善の大生命力が欲求する方向に、必ず動かされるだろうと感じるならば・・・その人は白日夢を見る空想家ではなく、創造する人であり、彼みずからの運命の開拓者です。
 想像のなかで、が縛られている絵を作れば、みずからが束縛のなかに置かれます。誤りの心のプランによって、私たちは身のまわりに奴隷の鎖を作り上げ、人生を奴隷として生きるのです。おのれに向かって、そんなことをするのはなんとバカげたことでしょう。私たちは思うことを選べます。どんな思考でも持つことができます。思考のなかに、想像のなかに、理想のイメージをかたく持つことによって、理想の目的地へみずからを導くことができるのです。
いかに長いあいだ、心の力を誤った方法で使ってきたとしても、いっこうかまいません。いま直ちに正しい方法で使いはじめればいいのです。いかに長いあいだ、暗闇のなかに座っていたとしてもかまわないのです。光を持ってくれば、闇はたちまち退散します。私たちが想像力のなかに制限のプランをもはや持たなくなれば、制限の縛りも苦難もみな破滅します。信念を再指向させ、新しい型の自由を心のなかに創造すれば、心は新しい体験を創造します。
私たちは自由であり、豊かさや健康、成功、平和、幸福などと同一であることを認めれば、古い制限を信じて、みずから縛られることはないのです。牢獄の壁は、おのずから砕け落ちます。外の世界はつねに私たちの心の在り方を反映するのですから。

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